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Renya's Dialy

かつて大学生で専門学校生で社畜だった私の日々の日記やメモ。

更新が空いた

完全にやる気の欠如である。

モンハンにハマりすぎてPCを起動することすらなかった。

良くない。

まぁはい。

義務ではないから良いんだけど。

そういえばbasepastaを食べた。

パスタ自体に味が付いている感があってアレだった。

パスタってより「そば」って感じだった。

お値段が若干高いから続けるかは微妙。

COMPを続けていきたい気持ちが高まっている。

そんなんで今日はここまで。

明日もちゃんと書くよう頑張ろう。

地元の友人と話して

更新が空いてしまった。残念。

まぁ良い。

特に誰にも見られていないだろうから、自分のペースでやっていく。

土曜日、高校時代の友人といろいろ話した。

主に仕事についてだ。

友人は機械の整備を行う仕事をしている。

話した感じ、本人は意識しているかわからないが誇りを持っていて自分のやっていることはとても大切なことだと強く思っているようだった。 同時に基本的には他の部署も尊重していて、どれが偉いとかは無いんだ。って思っているようだった。

それはすごく正しいし、良いことだと思った。

だが、彼の上司や会社の経営者はそうは思っていないようだった。

「経費削減」のために会社全体の技術力は捨てて、目先の「利益」を追求しているようだった。

そのためか離職率も高くなり、「管理部」という何をしているかわからない部署が目安箱(社員を特定できる情報を書くことが必須)をおいたりしたが、何も出てこないし、改善もされないし、実際に意見があったのかすらもフィードバックがないという状況だったそうだ。

彼の部署も半数が転職をして仕事がギリギリ回らないくらいだそうだ。

整備が出来ないので機械が壊れる頻度が上がってそれでてんてこまいだそうだ。

だが会社としてはなんとなく回っているので、それがみえてこないそうだ。

さらに他の部署の部長からも、「あの部は金食い虫だ。」のようなことを言われているそうだ。

とても残念だと思った。

自分らが扱っている機械の整備はその部がやっていることだ。

それが壊れたらいつも泣きついているのに何故そんなことが言えるのだろうか。

それを「管理部」も何故平気な顔して見ていられるのか。

わからない。

先週のどっかで書いたけど、会社の利益を出しているのは経営者ではなく会社で働いている社員や派遣・アルバイト・契約社員とかそういう人たちのはずだ。

その人らのモチベーションや技術力を下げてどうするのだ。

会社を潰したいのか?

わからない。

でもそれで回ってしまうのが良くない。

そして、会社で働いている社員も何故黙っていられるのか。

わからない。

僕だったら怒って上司に冷静にキレてしまうと思う。

わからない。

自分がけなされたり、自分の一日の1/3を暮らすところでそんなクソみたいな状態でよく平気でいられるのかがわからない。

僕にはわからない。

こういう会社もよくできるといいなと思いつつ、どうしたら良いのか。

まぁ終わっていく会社だろうな。 と思う。

そんな感じで。

今日は眠る。

実家に帰ってきている

それ以上の話題は無いのだが。

友人の結婚式があるので、地元に帰ってきている。

常々思っているのだが、結婚とは何故あるのだろうか。

まぁ詳しくは明日とか明後日くらいに書きたい。

今日は仕事も移動も疲れた。

母親の父親に対する愚痴も聞くのに疲れるし、父親父親で相手すると疲れる。

ふたりともなんだかんだ僕の両親なのだから仲良くしてほしいんだが、どっちも我が強すぎる。

まぁいいんだけどさ。元気そうに暮らしてるから。

はぁ。

疲れたし明日は朝早いのでもう寝るとする。

実家の自分の部屋に帰ってくるとすごく落ち着く。

僕の半生くらいここで暮らしてたって思うと、感慨深い。

まぁ寝よう。

明日は忘れ物がないようにしないとな。

じゃあ。おやすみ。

フレンドリーな文章

文書を残すにあたって、メンテが必要な文書とかが存在すると思う。

環境構築とかそういう文書。

で最近思ったのが、それのメンテってすごく気が進まないし、すっっっっげーだるい。

やる気も起きないし、面倒見たいとも思わない。

けど最近思ったのが、フレンドリーな文章にすると面倒みんとあかんなってなんとなく思うような気がした。

実際書いたのだが、まだ日がたっていないっていうのもあると思うけど、常に気にかけている気がする。

あーあそこもうチョット言葉を柔らかくしたほうがいいな。とか、もうちょっとふざけた感じ?軽い感じにしてもいいかもなぁ。 とか。

なんでこう思うのか、色々考えたけど、手を書けているからっていうのもだけど多分それ以上に”自分の言葉”として書く感じになるから愛着が湧くからなのかなと思った。

公式な文章として書くと、「〜〜です。」とか「〜〜である。」とかそんなんになって、なんか機械的というか無機質感情がなくて自分がやる必要がないのでは?という風に思うからなのかなぁと。

でも自分が思う”フレンドリー”というのを踏まえて書くと、”自分”が文章にのっかるので感情というか"血が通った文章"、”温かみのある”ものができて「あー面倒みないとなぁ」って思うのかなぁーと。

まぁ本来環境構築とかは、良い感じにジェネレートされるべきでとかはあるかもしれない。

でもそうじゃない文書だってあるはずだし、わざわざ"文書"という形で残すならメンテすべきものはちゃんとメンテすべきだと思う。

なので、”面倒を見るべき文書”は”フレンドリーな文章”で書くべきなのかなぁと思った。

なにより読む方もまぁ鬱陶しく思う人もいるだろうけど、楽しいかなと思うってのもある。

かたっくるしい文書よむより、ワクワクというかなんか楽しく読めるといいよなって。

まぁそんな感じ。

疲弊がすごい

最近すごく疲弊する。

仕事が大変なのか、熱量が足りていないのか。

分からないが、とても疲れる。

どうしたら良いかわからない。

自分のやりたいことが本当にできているのかわからないことが多い。

まぁこんなネガティブなことかいてもしかたないので、 これ以上書くのはやめる。

問題だと思ってるけど、うまくいかないとつらいよなぁという話。

犬山にいった

本当はなにか書くつもりだったのだが、失念してしまったので先週の日曜日に犬山にいったことを書く。

犬山

愛知県の犬山市に行ってきた。

本当は桃太郎神社とかに行きたかったのだが、遠いので諦めた。こういうときに車があれば…と毎回思う。(買う余裕は無い。) かわりに犬山城とその城下町に行ってきた。

犬山は意外と混んでいた。

こんなに人がいるもんだなぁと感心していた。

特に「茶処 蔵家」という店がすごく混んでいた。

「恋小町だんご」というのが人気だそうだ。

jouhou.nagoya

僕は特に興味はなかったのでスルーした。

でもまあ可愛らしいし、美味しそうではあった。

他には犬山駅から城下町の途中にある「芳川屋」というところもすごく混んでいた。

フルーツ屋だが、フルーツがたくさん乗ったかき氷とかが売っていてとても美味しいのでおすすめ。

犬山市文化史料館」というのが城の麓にあってそこには犬山市ゆかり?の何か資料が沢山あった。

www.city.inuyama.aichi.jp

そこで知ったのだが、「犬山祭」がユネスコ無形文化遺産に登録されていたらしい。

犬山祭 « 犬山観光情報

めでたい。

城はいつも以上に混んでいる雰囲気があった。3連休の半ばだったからだろうか。

城の周りをぐるぐるしてるだけでも面白いというか、いい景色なのでおすすめだ。

特に夏頃いくと風が気持ちよくてとてもいい。

城の前に売店があって、ラムネが売っているからそこで買ってのむと風情があってとてもいい。

僕夏みたいな感じになる。

まとめ

(語彙と記憶がアレなので、雑魚い文しか書けない。)

名古屋あたりに住んでる人は気軽に行けるはずなので、おすすめである。

また犬山祭が4月の第1土日曜にあるようなので、そのときにまた行こうと思う。みんなも行けばいいと思う。

写真は気が向いたらあげようと思う。

あとこれを書きながら「森友学園」について思うことを書こうとしていたことを思い出した。

多分書かない。

働くこと?とか会社?とかそのへんについておもうこと

最近「働く」ということに色々思うことが多くあり、それについて書いておこうかなとおもった。

友人Aの店

友人Aが経営している飲食店がちょっとまえから?特に最近なんか従業員の扱いが酷いように見えてきた。

とてもまともに人を見ているとは思えない状況だった。

例えばずっと棒立ちしている店員がいて、何故かそいつはその 友人A と”気が合う”というだけで評価されていた。 しかもその店員は、Twitterとかでその友人Aの悪口を書いたり、風邪だと言って休んでいるのに「カラオケなう」とか書いちゃうようなやつだった。

しかし、それでもずっっっっっとそいつは高く評価されていた。

中には職場を改善しよう。売上を上げるにはどうしたらいいのか。と頑張っている人たちもいたが、その人達は全く評価されていなかった。

友人Aと気が合う、またはうまく媚びを売っているものだけが評価されていた。

何故こんなことになってしまったのだろうか。

友人Aは勉強もできそれなりにいい成績を残していたはずだが、何故こんなことになってしまったのだろう。

彼はコンピュータサイエンスを学び、問題を解決することが好きな人間なはずなのに、何故目の前の問題を直視せず、店員に媚び売られるのを選んだのか。

さっぱりわからない。

実例

あまり口をはさみたくなかったのだが、一度ありえないことが起きた。

日々のルーチンワークでミスをした従業員がいた。

その従業員は日々ちょっとした失敗や、大きな失敗をする従業員だった。

友人Aはその従業員に対して、何故ルーチンワークを失敗したか・その失敗の解決策・対応策を考えるよう言った。

だが、これはおかしい。

そもそもルーチンワークがマニュアル化されていなかったのだ。

日々行うルーチンワークに”職人の業”は必要ないはずなのだ。誰でも出来て当たり前、そのマニュアルを読んでその通り行えばつつがなく作業が終わるようにすべきだった。

僕はそのミスした従業員に吐かれる暴言にもにたその言葉を静かに見れるほど大人ではなかった。

そこで上の通り、「そんなのマニュアル化すべきだ」と言った。

学校は違えど同じような分野(僕は専門学校卒なので、コンピュータサイエンスには詳しくはないが)で、学生時代にほんの少しだが知識を教えあった仲だ。彼なら通じるだろう。と思った。

だが、「イレギュラーなことが起こったらマニュアルは意味が無い」と言われてしまった。

イレギュラーなことを起こさないためのマニュアルのはずだ。

実際それが無いせいで誰の責任かもわからない問題が起きてしまっている。

ミスをした従業員が悪いのか。はたまたその指導を行っていなかった教育担当が悪いのか。そういう問題に気づけていない友人Aが悪いのか。

とにかくこの一件で彼に絶望してしまった。

とても期待していたし、すごく応援していたのだが。

もう全然店にも行っていない。

従業員は何を思うのだろうか。

不公平な評価をされ、ミスは全て押し付けられ、尻拭いもすべてさせられ、情報共有も全くされず…。

と、ね。

地獄だなって思う。

まとめ。自分の考えていること。

「経営者が稼いでいるのではなく、従業員が稼いでいるのだ。」と僕は思っている。

実際商品を作ったり、営業や宣伝をしたり、サービスを提供するのは従業員だ。社員だけじゃない、派遣社員も、アルバイトも、契約社員も、その他も。それらに関わる全ての従業員だ。

その従業員を”正しい目”で見ず、正しく導いたり、保護したりが出来ない会社(または経営者)には未来が無い。と思う。

そんなことをずっと思ってただけだったので、 特にまとまっていないが、日記として残しておく。